夢を実現している偉人の人を私淑し、夢を追うモチベーションを高めようというコンセプトのもと記事を投稿していこうと思います。
今じゃ世界的に有名なミレーですが、数多くの苦難を乗り越えた人です。
ジャン=フランソワ・ミレー(Jean-François Millet[1], 1814年10月4日 - 1875年1月20日)は、19世紀のフランスの画家。
「バルビゾン派」の画家で、大地とともに生きる農民の姿を、崇高な宗教的感情を込めて描いたミレーの作品は、早くから日本に紹介され、農業国日本では特に親しまれました。
19歳の時シェルブールの街で絵の修業を始め、22歳の1837年、パリへ出て、当時のアカデミスムの巨匠であったポール・ドラローシュ(1797-1856)に師事しました。
26歳の時、肖像画がサロン(官展)に初入選するが、奨学金が停止されていたため、生活は貧く肖像画や裸体画を描きはじめました。
ある日散歩をしていると、美術商の店先に掛けてある彼が売った裸体画を2人の男が眺めているのに出くわした。
「この絵は誰が書いたんだい?」
「ミレーって男さ」
「ミレー?どんな絵描きだい?」
「いつも女の裸ばっかり描いているやつさ」
2人の男はそう会話して立ち去っていった。それを聞いていた彼は愕然とした。お金の為に仕方なくとは言えども、裸体画ばかり書いているせいで、世間に低級な好みを狙っている画家であると評価されているのだと悟ったのである。それ以後、彼は一切裸体画は書かない、と心に決め、生活が貧しくなろうと自分の描きたいものを描き続けていくことになります。
ミレーの作品は後年のなくなる数年前あたりから評価され始めますが、(約70歳)それまではとても大変な苦労をしてきました。
やはり、覚悟を決め、やり続けることが大切なんですね。
